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私の本、新聞雑誌記事、および講演を紹介してくださった新聞、雑誌、ニューズレターからの抜粋記事です。とりあえず、2000年以降のもので私の目に入った記事のみの掲載です(一部加筆、補正)。

2006年3月7日『北日本新聞』
「米在住・林さん(高岡出身)、女性の社会進出語る、井波で講演」
  林さんは、「アメリカの女、日本の女」をテーマに話し、米国の夫婦がどのように家事を分担するかや、仕事をする妻の代わりに家事や育児を行う「ハウスハズバンド」と呼ばれる男性が増えていることを紹介。「夫のサーバント(召し使い)にならず、パートナーとしてどんどん社会に出て行くことが男女平等を推し進める早道になる」と呼び掛けた。
<独り言>北日本新聞井波支局長の一川(いちかわ)孝文さんが、この記事を書いてくださいました。一川さんは、私の名前をご存知とのことで、忙しいにもかかわらず、南砺市の公民館まで来て下さいました。また、e-tonamiのインターネット記事も書いてくださいました。本当に、ありがとうございます。
  この講演会後の二次会で、高瀬婦人会の皆さんが、かなり、盛り上がったとのことを中盛京子さん(同級生)から聞きました。みなさんも、頑張ってください。男女共生への一歩を踏み出しましょうね。


2005年4月2日 『北米毎日』(サンフランシスコ)
「次の世代に伝えたい」
著書を読んで刺激されたと意見を寄せる人たちが、すでに次世代に育ち始めている。
「書く人の流れをつくって、みんなでアメリカに住んだ日本人の歴史を残したいと思っているのです。次の世代の次にはまた誰かくるでしょう。それが楽しいんです」
(中略)
「自分が生きて、何かができて、それが人のためになったということをしたいな、と思っているんです」と言うが、これまで実現してきた多くのことは、同じように生き方うぃ模索する女性たちを力づけているはずだ。
現在、女性学、日系史に関する書籍出版のために執筆しているほか、女性の生き方に関する講演を日本各地で行っている。
「戦争花嫁」の続編が近日中に発売される。
<独り言>これは『北米毎日』のぴーぷるの欄に掲載された私の紹介記事です。この欄に載るとサンフランシスコの日系社会では一流といわれているので、とても感激しました。私に取材をしてくださった田中真太郎記者、ありがとうございます。この記事に負けないように、頑張ります。田中さんも、頑張ってください。


2004年12月、第45号 『富山県民共生センター、サンフォルテだより』
アメリカ・カリフォルニア州在住のノンフィクション作家、林かおりさんは、いつもニコニコと微笑を絶やさず、ホンワカとした雰囲気をかもしだしていらっしゃいます。そして、「保守的」と言われる富山県出身。そんな林さんがいかにしてアメリカでノンフィクション作家として活躍されるまでに至ったのか、ぜひお聴きしてみたいと依頼した講演が「女性が女性にチャンスを与える国、アメリカ」です。

前半はご自身の経験と重ね合わせて、女性が能力を発揮するための土壌が育っているアメリカについて熱く語っていただきました。林さんの活躍ぶりを受けて、林さんのパートナーが知人に掛けられた言葉”You must be proud of your wife(あなたは妻を誇りに思っているに違いない)”は、まさにアメリカならでは。こんな周囲の支援をうらやましく思った人も多かったのではないでしょうか。

(中略)

林さんの著書『アメリカの女 日本の女』(北國新聞社)、『戦争花嫁』(芙蓉書房出版)はサンフォルテ図書館にて貸し出しています。著書から林さんのエネルギーをもらってみませんか。


2004年10月10月、第43号 『富山県民共生センター、サンフォルテだより』
「サンフォルテ図書館講座」

ノンフィクション作家の林かおり氏を招き、アメリカ在住の日本人の女性について取材した著書について、出版までの経緯や取材の裏話、著書に書ききれなかった思いなどを語っていただき、日本の女性の生き方を考えるきっかけとします。富山の女性の強さを再確認できるはずです。


2004年9月10日『日米タイムス』(サンフランシスコ)

「日本町放談会 のびる会」

今回は、ゲストにノンフィクション作家の林かおりさんを招き、「戦争花嫁―国際結婚の先駆け、草の根日米親善大使の足跡を追う」と題した討論会を行う。


2004年9月10日『北米毎日』(サンフランシスコ)

「日本町放談会 のびる会」

林さんは、富山県高岡市出身、カリフォルニア州デービス在住。日米の架け橋として活躍してきた多くの日本女性の過去、現在の足跡を追い、さまざまな苦労、功績、悲哀などを執筆してきた。


『北國文華』、2004年夏の号(6月1日発行)
「国際結婚のさきがけーー米・豪に渡った日本人女性、戦争花嫁」
<独り言>「戦争花嫁という言葉は差別語なのであろうか?」という視点から、戦争花嫁という言葉をめぐる日系社会での論争、日系国際結婚親睦会の占める役割、美智子妃と戦争花嫁との関係について書きました。

「海を渡って」(富山県、北日本放送ラジオ)出演、2004年5月30日
<独り言>富山県出身の戦争花嫁、ピアー・豊子さんの人生を描いた特別ドキュメンタリー(45分)に出演しました。豊子さんについては、今年8月に、北國新聞社から、出版予定の戦争花嫁の続編に、原稿用紙で80枚ほど、書きました。進駐軍兵士のアリソン・ピアーさんとの六本木での出会い、結婚、渡米。現在、テキサス州で暮らす豊子さんの口からは、「アメリカに来て、私はしあわせだった」という言葉が出ました。

『TV ファン』(ロサンゼルス)6月号、2004年
「『TVファン』誌の30周年を祝して」より一部抜粋
「日本では、子どもから孫へと伝えられるべき歴史が、日系社会の場合には、子や孫が英語圏で暮らすために、歴史の伝承が途切れてしまいます。それを繋いでいくのが、『TVファン』誌の寄稿者を含めた日系ジャーナリストの使命なのではないかと思っています。 『TVファン』誌が、四十周年、五十周年記念の日を迎えることができる日を祈っています。私も、その歴史の中で生きていけることを嬉しく思っています」
<独り言>芥川賞作家の米谷ふみ子さんと三世の作家、ナオミ・ヒラハラさん(元『羅府新報』の英文欄編集長)と一緒に、30周年期年号の寄稿者として、お祝いの言葉を書きました。米谷ふみ子さんの「書くという責任」を読んで、アメリカ在住の米谷さんが、エッセイを書き始めてから、芥川賞を受賞されるまで、15年の歳月がかかっていたことを初めて知りました。

「デイリー・ウェイブ」(富山県、北日本放送ラジオ)出演、2003年11月5日
<独り言>シュワルツネェガー・カリフォルニア州知事、カリフォルニアの山火事の話、現在、執筆中の米・豪の戦争花嫁さんのことを、お話しました。11月5日は、父の誕生日だったので、「お父さん、誕生日おめでとう」と、ラジオで、言うことができました。国際電話でのマナ放送だったので、父もビックリしたのではないかと思います。

『The Rafu Shimpo 100』(ロサンゼルス)、2003年10月
“Tough Enough: The Rafu Shimpo’s Tumultuous 100 Years” より一部抜粋
The Rafu Shimpo developed from a mimeographed newspaper to one of the major ethnic publications in the United States, recognized the community’s transformation for over a century. Behind its doors lies a unique and interesting history.
<独り言>『羅府新報』の100周年の記念誌に、日米両語で書いた英語の記事です。

2003年4月、『読売新聞』(インターネットにも)
「作家・林かおりさんが女性テーマに講演会 19日、京都女子大で」
<独り言>Yahoo! ニュースの『読売新聞』記事を検索していて、この記事を発見しました。インターネットのYahoo! ニュース(有料)でも読めます。

2003年4月20日、『京都新聞』(インターネットにも)
「女性の社会進出 米国では・・・在住の作家 林さん、京で講演 戦争花嫁の歴史も」
「林さんは米国に住む日本人などをテーマに執筆を続け、昨年は戦争花嫁に関する著作を出版して話題を呼んだ」
<独り言>この記事はインターネットでも掲載されましたので、『京都新聞』の許可を得て、インターネット版の記事を私のホームページにリンクさせていただきました。素晴らしい記事を書いてくださって、ありがとうございます。

2003年4月3日、『羅府新報』(ロサンゼルス)
「百周年記念誌編集」
「フリージャーナリストの林かおりさん(デービス市在住)の『日系ジャーナリスト物語』(信山社)によると、『創刊当時の羅府新報は、ガリ版刷りの書生新聞だった』という。林さんはカリフォルニア州立大学ノースリッジ校大学院でジャーナリズム専攻、卒業論文のために羅府新報の社史を研究し、その一部を本にまとめた」
<独り言>このコラムを書いてくださった大西良子さんは、今年(2003年)、10月に発行される『羅府新報』の100周年記念誌の責任者です。この記念誌に、私も原稿を書かせていただくことになりました。大西さんは、『日米時事』(サンフランシスコ)に掲載された拙記事「新一世の顔、番外編:許斐仁」を読んでから、私の名前をマークしてくださったそうです。原稿依頼のために、ロサンゼルスから、デイビスの拙宅まで来てくださいました。大西さん、ありがとうございます。

2003年3月25日、『北米毎日』(サンフランシスコ)
「日米の女性を比較 林さん京都女子大学で講演」
「(京都女子大学現代社会学部主催の公開講座の)第1部では女性が生きる、働くという視点からの日米比較。第2部では、昨年5月に出版した『戦争花嫁/国境を越えた女たちの半世紀』(共著、芙蓉書房出版)の取材の裏話や国際結婚について語る」

2003年3月20日、『日本移民學会ニューズレター』
「林かおり『アメリカの戦争花嫁の歴史的経緯と帰属意識(アイデンティティー)』」 「林さんは在米のノンフィクション作家である。日本人花嫁は、5万人から10万人に及ぶという。日本では戦争花嫁というと、非常に悪い印象があるが、それは何故であろうかという問題を提起された。そのためにアメリカでも、戦争花嫁の人々は研究者などのインタビューに応じるのを拒否された場合が多いという。現在日本人が抱いている戦争花嫁に対する誤解を解く必要性を強調された」

2002年11月26日、『羅府新報』(ロサンゼルス)
「林かおりさん 『戦争花嫁』で講演 本の続編執筆も準備」
「戦争花嫁という言葉は『差別語』として使用をやめるべきという意見もあるが、林さんは『戦争花嫁として米国に生きた彼女たちの米社会への貢献を再認識する時期にきているのではないか』と『戦争花嫁』の続編執筆と、移民学会での研究発表のため、本出版後もワシントン州やテキサス州の戦争花嫁を訪ね歩いている」
<独り言>『羅府新報』の日本語欄の第一面にこの記事を掲載してくださいました。それだけに、読者の方々からの反響が大きかったです。

2002年秋の号 季刊『きらめきTAKAOKA』
「戦争花嫁 国境を越えた女たちの半世紀」
「本誌26号の『キラメキスト』の林かおりさんが国際体験を持つ2人の女性学者と終戦直後、占領軍兵士と結婚して異国へ渡った日本人女性を徹底取材し、戦争花嫁の人生と向き合い、3人独自の切り口で読者に訴え、戦後の日本に根強く残る偏見と先入観を払いのけるような力強い文章で表現されています」
<独り言>この季刊誌は、私の生まれ故郷、高岡の文化情報誌です。素晴らしい新刊紹介を書いて戴きありがとうございます。

2002年9月7日、『読売新聞』(ニューヨーク)
「新天地求めた女性たち 戦争花嫁の半世紀描く 邦人女性3人が共著」
「本書は『米・豪の戦争花嫁たち』『占領下における出会いから結婚まで』『ある戦争花嫁の半生』の3部に分け、女性たちが歩んだ喜びと悲しみの人生を描くとともに、戦争花嫁が誕生した法律背景、女性たちの横のつながりでできたネットワーク活動の実態や国際結婚への考察なども含まれている」
<独り言>この記事を書いてくださったのは、吉本明子記者です。吉本さん、ありがとうございます。

2002年9月号、月刊『富山県人』
「戦争花嫁 国境を越えた女たちの半世紀」
「ノンフィクション作家林かおり(米カリフォルニア州在住、高岡市出身)ら3人共著。戦後、駐留軍の米兵らと結婚して海外に渡った日本人女性は7万人以上と言われる。その中には異国の地で偏見と差別の中で生きてきた人も多い。林さんら海外に暮らす3人の女性が、戦争花嫁に直接面談してナマの女性史を描いている」
<独り言>この雑誌は、世界中に住む富山県人の動向がわかる生き字引のような雑誌です。創刊・大正十五年とありますから、あと三年で創刊八十周年になります。高島美奈子編集長、ありがとうございます。

2002年8月10日、『北米報知』(シアトル)
「『戦争花嫁』の著者 シアトルを訪問」
「林さんは今回、次回作に向けての取材のためにシアトルを訪問。「今度は彼女たちの結婚許可証や夫からもらったラブレター、当時の写真なども見せてもらおうと思っています」と抱負を語った」
<独り言>この記事を書いてくださったのは、稲葉八重子記者です。『北米報知』には、戦争花嫁関係の記事やエッセイが多いです。

2002年7月19日、『週刊読書人』
「戦後女性史研究の第一歩として 歴史のすき間に埋没したものに思いをはせる」
「これまでこうした"戦争花嫁"は偏見に満ちて取り上げられて来たため、本人との取材はほとんど不可能であったが、日本の新聞や雑誌の駐米通信員として活躍している在米のジャーナリスト林かおりは、『米・豪の戦争花嫁』の一篇をまとめた。

2002年6月12日、『毎日新聞』
「『戦争花嫁』の半世紀 『負けて帰れない』耐えた思い 渡米先の差別、心の傷今も」
「戦争花嫁の存在自体を知る人も少なくなってきた。『長い間の差別で受けた彼女たちの心の傷は、まだ癒えていない』。著者の林かおりさんは5年に及ぶ取材から感じている」
<独り言>この記事は、結城かほる記者が書いてくださいました。結城さんは、この記事で、新聞社の2003年6月の「月刊賞」を受賞されました。おめでとうございます。結城さんからは、クリスマスカードも戴きました。

2002年6月11日、『北國新聞』、『富山新聞』
「『戦争花嫁』の半世紀を描く 高岡出身林さん共著」
「林さんはカリフォルニア州立大で修士号(ジャーナリズム学部)を取得し、ノンフィクション作家として執筆、講演などで日米を往復している。著書に『アメリカの女 日本の女』(北國新聞社)など」

2002年6月11日、『ウーマンズ・アイ』
「戦争花嫁――国境を越えた女たちの半世紀」
「本書は、戦後世代の3人の日本人が戦争花嫁たちに密着取材して、彼女たちの生きざまをまとめたノンフィクションである」
<独り言>『ウーマンズ・アイ』は、作家の落合恵子さんの雑誌です。

2002年6月10日『北日本新聞』
「『戦争花嫁』の思い知って、ノンフィクション作家、林さん (高岡出身)」
「林さんは、『彼女たちはアメリカ人にとって未知だった"日本"の素晴らしさを伝えた偉大な功績者』と指摘。平均年齢は七十四歳と高齢化しており、『女性たちの思いを今のうちに書き留めておく必要がある。今後も全米各地で暮らす『戦争花嫁』の女性たちを取材し、続編を出したい』と話している」
<独り言>この記事を書いてくださったのは、黒田修一朗記者です。素晴らしい記事を書いていただき、本当にありがとうございます。大きなカラー写真も掲載してくださいました。

2002年6月9日 『産経新聞』(インターネットにも)
「新刊 戦争花嫁」
「国外に住む三人の女性研究者が戦争花嫁という"異文化体験"を表出する」

2002年6月6日、『東京新聞』
「戦争花嫁」
「夫の国に渡った戦争花嫁が、その後をどう暮らしたか。同じ目的で調査中に知り合ったジャーナリストと2人の文化人類学者が、『日系国際結婚親睦会』の歴史、北カリフォルニアのフィールドワーク、オーストラリアでの歴史的背景で戦争花嫁の軌跡をたどる」
<独り言>『東京新聞』に新刊紹介が掲載されました。戦争花嫁には、東京出身の人が多いことが取材で分かりました。

2002年5月19日『大分合同新聞』
「駐留軍人に嫁いだ日本人妻の半世紀 生きざま後世に伝えたい 今日別府で世界大会」
「こうした女性たちの人生をつづったノンフィクション『戦争花嫁』(芙蓉書房出版)では、女性たちが外国の地で力強く生きてきた姿を描いている。著者の一人、林かおりさん(四八)=米国在住=は『彼女たちの生きざまを残せるのは今しかない、と思った。逆境に負けず頑張ってきた足跡を知ってほしい』と話している」
<独り言>日系国際結婚親睦会の世界大会の前日、藤内教史記者が、取材のために、会場のホテルまで来てくださいました。本当にありがとうございます。大きなカラー写真も掲載してくださいました。

2001年3月号、月刊『富山県人』
「カリフォルニアの林さん 富山と高岡で講演」
「今回の講演では、林さんが渡米してからの歴代大統領4人(カーターからクリントン)の経済政策と、それに対する国民の反応、景気循環などについて話した」

2001年1月27日、『北日本新聞』
「経営セミナーで作家・林さん講演 呉羽商工会」
「林さんはアメリカで二十年以上生活し、大学でジャーナリズムを学んだ。『米国人が稼ぐお金 米国人がためるお金』と題し、クリントン前大統領まで歴代四人の経済政策と国民の反応などを紹介した」
<独り言>この記事を書いてくださったのは、藤井千明記者です。ありがとうございます。

2000年12月17日、『紀州新聞』
「アメリカ村を訪問 米作家の林かおりさん」
「『以前からアメリカ村を訪れてみたかった』という林さんは、アメリカ村資料館などを見学、顧問の西浜久計さんが案内した。
 林さんは、カリフォルニア州立大学大学院ジャーナリズム学部卒業後、ノンフィクション作家として活躍」
<独り言>和歌山県三尾村のアメリカ資料館顧問の西浜久計さんと初めてお目にかかったのは、東京家政大学で開催された日本移民学会(1996年会場)の懇親会会場でした。 日本移民学会会長(当時)の田村紀雄さん(東京経済大学教授)が、「遠くから来た人を紹介しましょう」と、私(アメリカ)と、西浜さん(和歌山)を懇親会の会場で、皆様に紹介してくださいました。(当時は、移民学会会員には、東京在住の方が多かったのです。)
 この懇親会をご縁に、西浜さんとお話をするようになりました。三尾村については、工藤美代子さんの著作で知っていましたので、常々、「一度行きたいなあ」と思っていました。やっと念願が叶いました。
 私は、自分が住むデイビス市の田園風景の夕焼けが大好きなのですが、アメリカ資料館から、太平洋に沈む夕陽の美しさは今でも忘れられません。西浜さん、本当にありがとうございました。

2000年12月17日、『日高新報』
「移民の歴史を取材 作家の林さんがアメリカ村を訪問」
「『アメリカで暮らしながら日本のことを考える時、移民の存在は大きい』として日系移民を作品のテーマに取り上げており、ロサンゼルス市で発行している日本語新聞『羅府新報』 に『日系ジャーナリスト物語 海外における明治の日本人群像』を連載。一九九七年に信山社から発行した。一昨年、日本移民学会で資料館顧問の西浜久計さん(市内吉原通り)と知り合い、『アメリカ村を訪れてみたい』と希望を述べたのがこのほど実現」

2000年10月6日、『北米毎日』(サンフランシスコ)
「霧笛抄 アメリカの日本女性」
「この本の副題は『カリフォルニア通信』となっているように、林さんの郷里の『富山新聞』『北國新聞』に連載したコラムが主な内容で、この生きのよいカリフォルニア便りを富山の人たちはどのように受け取って読んだろうか」
<独り言>この霧笛抄は乗本恵三社長(筆名、野本一平)のコラムです。乗本さんは、サンフランシスコ周辺に住む日本人のことについて書かれることが多いので、いつも、楽しく読ませていただいていました。今回は、私の本を題材に取り上げてくださって、ありがとうございます。

2000年8月3日、『北米毎日』(サンフランシスコ
「林かおりさん『石垣綾子』を語る」
「アメリカの自由と平等を愛しながら、赤狩りの犠牲になって、アメリカから追放されて日本に強制送還されたのは皮肉といえば皮肉だが、日本女性の解放と知性の向上に尽くした石垣綾子の功績は否定できない、と林さんは結んだ」
<独り言>この記事を書いてくださったのは、元サンフランシスコ州立大学の教授で、『北米毎日』通信員(サンノゼ)の林(リン)正徳さんです。林(リン)さん、ありがとうございます。林さんは、台湾生まれで、現在、サンノゼ市に住んでいらっしゃいます。

2000年7月6日、『日米タイムズ』(サンフランシスコ)
「礎 月例放談会 7月は林かおりさん『石垣綾子とアメリカ』講演とサイン会」
「ノンフィクション作家林かおりさんをゲストスピーカーに迎え、女性評論家石垣綾子のアメリカ生活、活動について講演を行う」
<独り言>礎会員の方々には、大変、お世話になりました。ありがとうございます。また、フレズノ市(車で片道3時間はかかるのではないかと思います)から来てくださった方、また、サリナスから来てくださった戦争花嫁の皆様、ありがとうございます。会場がいっぱいになった時、胸がいっぱいになりました。

2000年7月号 『アクタス』
「アメリカの女 日本の女――カリフォルニア通信 林かおり 北國新聞社 1400円」
「アメリカ生活20年の著者が、日米の文化や生活の違いを、ちょっぴり辛口に、そしてユーモアたっぷり描く。著者は高岡市出身で、北国・富山新聞に「サクラメント通信・故郷忘じがたく」を連載していたから、ご記憶の方もおおいだろう」
<独り言>『アクタス』は、北國新聞社発行の月刊誌です。

2000年6月8日、『日米タイムズ』(サンフランシスコ)
「新刊紹介 『アメリカの女 日本の女――カリフォルニア通信』林かおり著 北國新聞社刊 1400円」
「『パーソナルアド――結婚したい女』や『恋はあるけど結婚のない街』『駐在員のヒミツ』『弁護士もつらいよ』などのエッセーでは、在米生活二十年に及ぶ林さんが、日米の文化や生活の違いを、クールな視点とたっぷりのユーモアで紹介している」

2000年6月7日、『羅府新報』(ロサンゼルス)
「林さんの新刊書出版 雑誌に掲載の作品収録 北國新聞社」
「収録されているのは、林さんがこれまでに雑誌や新聞に発表したノンフィクションやエッセイなどで、林さんにとって五冊目の本になる。
 学生生活を送ったロサンゼルス滞在中に林さんが書いた『パーソナルアド――結婚したい』(加州毎日)、『恋はあるけど結婚のない街』(婦人公論)、『在米ロス母子心中の真実』(同)や『失意の作家・田村松魚』(羅府新報)など、ロサンゼルスに馴染みの作品が多々含まれている」

2000年6月1日、『北米毎日』(サンフランシスコ)
「北米毎日文化講座 波乱の生涯熱く語る 作家 林さん田村俊子に思い」
「林さんは十年間に渡り田村俊子の足跡を訪ねシアトル、日本、上海を取材旅行。多くの貴重な資料なども当日展示して、その生涯を説明した」
<独り言>乗本恵三社長のお取り計らいで、北米毎日文化講座の講師として、サンフランシスコで、明治の女流作家、田村俊子について講演をさせていただきました。乗本さん、本当に、ありがとうございました。

2000年6月15日、『北米毎日』(サンフランシスコ)
「霧笛抄 田村松魚の残した仕事」
「先月北米毎日の文化講座にノンフィクション作家の林かおりさんに来ていただき、『ある女流作家とアメリカ』という題の話を聞いた。日本、アメリカ、上海と、恋と文学に生きた田村俊子の生涯を語ってくださった」
<独り言>渡米して、最初に購読した新聞が、ロサンゼルスの『羅府新報』。その中で、一番、好きだった読み物が、乗本恵三さん(筆名、野本一平)の随筆でした。

2000年6月4日、『北國新聞』、『富山新聞』
「アメリカの女、日本の女 感性で描く両国の素顔」
「著者の豊かな経験とみずみずしい感性が、リアルで楽しい読みものに仕上げている。磨かれた国際感覚と人間としての哲学が貫かれている必見の書である」
<独り言>大変素晴らしい書評をありがとうございます。

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