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日本移民学会、第十二回年次大会の研究発表レジュメ(abstract

日時:2002年12月8日

於:京都女子大学

 

アメリカの戦争花嫁の歴史的経緯と帰属意識(アイデンティティー)

林かおり・在米ノンフィクション作家

 

語彙

戦争花嫁とは、狭義に、第二次世界大戦後、進駐軍兵士と結婚した日本人女性を意味する。現在では、日本では死語に近い。

戦争花嫁という言葉は、進駐軍が使った英語のwar bride(戦争花嫁)という言葉を直訳して使われたものと思われる。

War brideとは、a foreign girl or woman who marries a serviceman who is overseas and goes to live in his country とランダムハウス英々辞典に記載されている。

在米日系人社会では、広義に、アメリカ人兵士・軍属と結婚して渡米した日本人女性を戦争花嫁と呼んでいる。現在も戦争花嫁という言葉は、在米日系社会では使われている。

 

研究目的

アメリカ人進駐軍兵士および軍属との結婚によって、日本人戦争花嫁が、夫の国籍地、アメリカに渡ったのは、1948年1月4日。

以後、50年以上に亘って、数万人(5万人から10万人)の日本人女性がアメリカ兵・軍属の妻としてアメリカで生活をしているが、彼女たちの歴史が、日系アメリカ人の歴史として取り上げられることは少なかった。

そこで、本発表では、日米移民史の流れの中で彼女たちが果たした役割、貢献を指摘。また、彼女たちのアメリカ社会への同化についても言及したい。

 

研究資料

日系国際結婚親睦会のニューズレター(ワシントン州、スタウト・梅津・和子編集、1990年から2002年)と同会の世界大会(1997年会津若松大会、1999年ロサンゼルス大会、2000年別府大会)で出会った戦争花嫁へのインタビュー。

 

日系国際結婚親睦会とは

1988年にワシントン州オリンピアで開催された「戦争花嫁渡米40周年記念大会」を契機として、アメリカ在住の国際結婚者の交流・親睦のために結成されたアメリカ人兵士と国際結婚をした日系女性の会。のちに、カナダ、イギリス、オーストラリアに住む国際結婚者(戦争花嫁)も参加。

数年に1回開催される世界大会と、アメリカ各地で毎年、開催されるミニ大会で会員の親睦を図る。

会長は、スタウト・梅津・和子。副会長はフォレスター・ツチノ(1999年から現在)。(1988年から1999年までは、副会長は、カークウッド・欣子。)会員数は、現在、約500名

 

 

戦争花嫁年表

1906年6月29日、 新帰化法の制定。この法律により、米国はアジア系の米国帰化を禁止。    

1924年5月26日、 排日移民法の制定により、米国にて日本人移民の入国禁止。

1945年8月15日、 日本のポツダム宣言受諾により、第二次世界大戦終結。

1945年8月18日、 日本政府が外国駐屯軍のための慰安施設(公娼施設)の開設を計画する。

1945年8月26日、 特殊慰安施設協会(Recreation and Amusement Association、通称RAA)が資本金一億円で設立される。RAA施設の第一号とて大森の小町園が8月28日に開設される。

1945年8月30日、 連合国最高司令官マッカーサー元帥、日本に到着。

1945年12月28日、中国人戦争花嫁の米国入国が開始される。

1946年3月26日、 進駐軍用の公娼施設の廃止の覚書が発表される。廃止は3月

26日。

1946年4月28日、 戦争花嫁の第一号、永井一枝さん結婚。(諸説あり)。

1946年6月29日、 GIフィアンセ法の制定により、日本人女性と進駐軍兵士・軍属との結婚が可能になる。

1947年5月3日、  日本国憲法発布。

1947年       進駐軍兵士との国際結婚の届け出数、822組を記録。

1948年1月4日、  最初の戦争花嫁40人が米国に入国。

1948年2月1日、  混血児の救済施設「エリザベス・サンダ―ホーム」の設立。

1950年8月19日、 GIフィアンセ法が改正される。この改正により、進駐軍兵士の妻子が人数制限なしに、アメリカに入国可能になる。

1950年6月27日、 朝鮮戦争勃発。朝鮮戦争のためにアメリカ人兵士の日本駐留が始まる。

1952年3月7日、  戦争花嫁90人が米国へ出航(横浜市記録)。

1952年4月28日、 サンフランシスコ条約調印。

            日本が独立国家として国際社会に復帰。

1952年6月27日、 マッカラン・ウォルター法(新移民法)施行。

1988年10月30日、戦争花嫁渡米40周年記念大会がワシントン州オリンピアにて。

            大会目的は、1)戦争花嫁の足跡を歴史に残す。2)戦争花嫁の進歩を自覚する。3)戦争花嫁に対する誤解を解く。

1991年5月15日、 戦争花嫁、百数十人が海外日系人大会に出席

1994年5月26日、 日系国際結婚親睦会の第一回世界大会がハワイで開催される。

1997年5月14日、 日系国際結婚親睦会会員、2百数名が海外日系人大会に出席。

1997年5月18日、 国際結婚親睦会の第二回世界大会が会津若松で開催される。

1999年8月16日、 日系国際結婚親睦会の副会長、カークウッド欣子さん死亡。

1999年10月24日、日系国際結婚親睦会の第二回世界大会がロサンゼルスで開催。

2002年5月19日、 日系国際結婚親睦会の第三回世界大会が別府で開催。